アドバンスドテクノロジーラボの大録誠広です。

私は、外部研究者との共同プロジェクトで、経済成長と知的生産に関する研究を行っています。

知的生産を平易な言葉で言えば、イノベーションや新しい知識はどのようにして生み出されるのだろうか、という問いに答えるということになります。当然、そのプロセスには色々なパターンがあり得ます。科学研究の分野にスポットを当ててみれば、たまたま曇天が続いたために放射線を発見したベクレルのような例がある一方で、入念な計画に基づいて巨額の予算と大勢の科学者の努力を注ぎ込む素粒子物理学のような分野もあります。

これらの個別事象からエッセンスを抽出して一般的なモデルを作ることを考えてみましょう。経済学では、ハンバーガーやビール・パソコンなど、社会の中で生み出されて流通する有益なものを「財(goods)」と呼び、財を生産するのに何が必要かを表す定式化を「生産関数(production function)」と呼びます。知識についても、通常の財と同じ様に生産関数を考えることができます。

「知識の生産関数」の具体的な形、すなわち、新しい知識を生み出すのに何を投入する必要があるかを考えてみたいと思います。まず、知識生産を遂行する人として科学者や発明家が存在します。ある時点 t における彼らの労働をL(t) と表しましょう。また、実験装置や研究室などの資本も必要でしょう。これはK(t) と表します。最後に、ニュートンが「巨人の肩に乗る」と表現した様に科学とは累積的な営みなのですから、既存の知識のストック A(t) も入れておきましょう。新しく生み出される知識は A(t) の増分になるので A˙(t) となります。まとめると、以下のように定式化することができます。ここで、B は適当な定数、α,β,γ はそれぞれの投入要素の影響度合いを表すファクターです。

A˙(t) = BL(t)αK(t)βA(t)γ

既存の知識ストックが新しい研究開発の成功に与える影響が、γ というファクターに集約されています。経済学者のシュンペーターは「イノベーションは新結合によってもたらされる」と言いましたが、それが正しければ、既存のアイデアのストックが増えれば、可能な組み合わせも増えそうです。この場合はγ は正の値になります。他方、最も簡単なものから発見が進む様な場合は、知識のストックが大きくなるほど新しい発見は難しくなるでしょう。この場合はγ は負の値になります。

生産関数のグラフ

知的生産の動学

実際は、どうなっているのでしょうか。Bloom, et al. [2020] によれば、研究開発に従事する人の数は増え続けている一方で、生産性の伸びは鈍化しているという結果があります。すなわち、知識が進歩すればするほど、新しい知識の生産は困難になっていくという描像が全世界的に当てはまっているようなのです。上記の定式化に従えば、γ を負にする効果の方が正にする効果よりも大きいということになります。日本の科学の凋落が叫ばれていますが、科学の発展とともに新発見が難しくなるという根本的な課題がそもそも存在していて、先進国は研究開発人口とコストを増やし続けることでなんとか対処しているという状況なのだと思います。

もう一段深堀りして、このような状況を作り出すメカニズムについて考えてみましょう。既存のアイデアのストックから次のアイデアを生み出す効果が弱いというのは、どのようなモデルによって説明されるでしょうか。ひとつの候補として考えられるのは、ネットワーク成長のモデルである「優先的選択(preferential attachment)」です。既存のネットワークに新しいリンクを付け加えていく時、既に多くのリンクがつながっているノードに対して、新規のリンクもつながる確率が高いという単純な原理ですが、それによってノードにつながるリンク数の次数分布はべき乗則に従うと予測され、現実世界の多くのネットワーク(インターネットのウェブサイトのリンク数や友人の数など)を説明することに成功しています。他の分野と結びつけば大きなブレイクスルーにつながるようなアイデアを持っていた人が居たとして、この優先的選択によって自分が慣れ親しんだ分野としか結びつくことができないとしたら、実効的なアイデアの組み合わせパターンを減らす結果になりそうです。

優先的選択の説明

優先的選択によるネットワーク成長

とはいえ、人の行動はランダムではなく意思決定の結果ですから、ちょっとした仕組みの変化で新しい分野に目を向けるということも十分にあり得るでしょう。社会学者のギボンズは、知的生産の「モード」という概念を提唱しました。モード 1 とは、19 世紀以降の専門分化した大学の学部や学科と、研究者コミュニティをベースに研究者が再生産されていくような、いわゆる科学と呼ばれる知識生産の形態のことです。そして、社会的なコンテクストや要請の中で行われる分野横断型の研究を、より現代的なモード 2 の科学として考えました。分野横断や産学連携が停滞を打破する解決策であるかはまだ分かりませんが、従来型の科学が「雨垂れ石をも穿つ」で大きな発見を成し遂げることを楽しみに待つ一方で、民間企業にいる私たちには、新しい結合を数多く試していくことと、知をつなげるための仕組み作りができるのかもしれません。この研究を通して、そうしたことに少しでも貢献できればと思います。

参考文献

  • Albert-Laszlo Barabasi and Reka Albert. Emergence of Scaling in Random Networks. Science, 286(5439):509 LP – 512, oct 1999. doi: 10.1126/science.286.5439.509. URL http://science.sciencemag.org/content/286/5439/509.abstract.
  • Nicholas Bloom, Charles I Jones, John Van Reenen, and Michael Webb. Are Ideas Getting Harder to Find? American Economic Review, 110(4):1104–1144, 2020. doi: 10.1257/aer.20180338. URL https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257/aer.20180338.
  • 後藤康雄. 経済の視点からみる「科学」- 考え方とわが国の状況. RIETI Policy Discussion Paper Series, 2016.
  • 楡井誠. 「科学技術イノベーション政策の科学」と経済理論: 研究の概要と方向性 (< 特集> 科学技術イノベーション政策の科学). 研究技術計画, 27(3 4):156–170, 2013.